ブックタイトル東プロだよりNO386
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東プロだよりNO386
3No.386第4回目の会社紹介は新宿区赤城下町にある株式会社マル・ビ様です。マル・ビといえば、すぐにレンチキュラーを思い浮かべる会社ですが、今回の取材では、レンチキュラー事業をどのように成長させてこられたのかを伺ってきました。レンチキュラーとの出会いは15年ほど前、当時の白倉昌夫社長(現会長)がメーカー展示会で台湾の3Dソフト会社と偶然知り合った事がきっかけだったそうです。海外では浸透していたレンチキュラーも、当時の日本ではまだ普及しておらず、一部大手の印刷会社だけの商材でした。この時、製版技術を活かせる新しい商材として「ピン」ときた白倉昌夫社長(現会長)が、すぐさま契約を交わしレンチキュラーの導入に踏み切ったそうです。しかしながら、これまで培った技術で製版での課題はクリアできたものの、協力会社に頼っていた印刷では思うように製品が作れませんでした。ならば自社でとUV印刷機の導入を決断され、全くゼロから印刷事業をスタートしました。当時は仕事を集めるのにも大変な苦労があったとの事です。白倉和昌現社長が中心となって、当時まだ少なかった都心での厚紙UV印刷を武器に飛び込み営業や見学会の開催などをしながら、慣れない印刷営業に奔走し、顧客の数を次第に伸ばしていきました。3年後には2台目の印刷機を増設、昼夜2交代制での対応にまで受注を伸ばし、厚紙UV印刷に特化した現在のマル・ビの姿に変貌を遂げていかれました。それでも、レンチキュラー普及への道のりは厳しく、なかなか思うような結果が生まれない状況が続いていたそうです。そこに転機が訪れたのが映画『アバター』の大ヒット。世の中に3Dブームが訪れ、レンチキュラーが一躍脚光を浴び、問い合わせが殺到。今まで蒔いた種が一気に花を咲かせた瞬間でした。それまでは印刷会社を中心に行ってきた営業から直請クライアント獲得に向けて、積極的な展示会への出展やホームページのリニューアルなどのプロモーションを展開し、今ではレンチキュラーで年間1000件を超える日本一の受注量を誇る会社にまで成長されました。今後の展望を白倉社長に伺ったところ、3D印刷で日本一であり続けるために、プロデュース力と加工を強化していく事で、他社には真似のできない「ものづくり」を進めていくとの事でした。現在では製版の仕事はされていないそうですが、製版で培った色を見る力、品質と「ものづくり」への追求が今のマル・ビをしっかりと支えていました。父子鷹で製版会社からレンチキュラー印刷で日本一になった株式会社マル・ビ。その嗅覚と決断力と実行力には、真似の出来ない程の凄みを感じました。組合員企業紹介ここに注目!第4回 株式会社マル・ビ様左:白倉和昌社長 右:白倉昌夫会長